「ドイツ・ポスター 1890-1933」展を見てきました

 12月23日に「ドイツ・ポスター 1890-1933」という展覧会に行ってきました。ひょんなことから展覧会の準備に少しだけ関わった(ほんの爪の先程度のお手伝いですが)こともあって、前々から見にいきたいと思っていたのですが、京都国立近代美術館→豊田市美術館→宇都宮美術館という東京在住者にはちょっとつらい巡業経路であったため、ついつい機会を逸していました。しかし、12月28日でいよいよ終了してしまうということで、重い腰をあげて宇都宮美術館まで行ってまいりました。

宇都宮美術館ホームページ
http://u-moa.jp/jp/index.html

 印刷物とはいえ、やはり大判のポスターは現物でみると迫力があります。事前に展覧会のカタログは拝見していたのですが、実際に美術館に足を運んだ甲斐がありましたです。美術館の建物自体も平成9年開館と新しく、周りが森に囲まれていることもあってとても雰囲気のよい展示になっていました。

 ただ、いささか閉口したのが交通の便が悪いところ。宇都宮まで鉄道で2時間かかる点は、そもそも覚悟の上のことで問題ではないのですが、宇都宮駅からのアクセスがあまりよくないことが気になりました。宇都宮美術館のホームページには宇都宮駅から路線バスに乗るように説明があったのですが、駅に着いたらちょうど10分前に目当てのバスが出たところ。で、次のバスはいつ出るのか時刻表で確認したら、なんと1時間後!。

 美術館のホームページには、バスで20分程度とあったのですが、『市街地の路線バスは、脇道に入りながら客を拾っていくから、直線で美術館まで歩けばそんなに時間がかからないかも。少なくとも1時間以内に着くだろう。』と安易な判断で歩き始めたのが運の尽き。歩けども歩けども建物の姿は見えず。結局、途中で駅で一時間待っていれば乗れたはずのバスに見事に抜かれ70分ほどで到着(あまりの道の遠さに結構走ったりしていたので、普通に歩いていたら1時間半はかかった筈)。ポスターを見る前にヘトヘトになってしまいました。

 とてもキレイな美術館だったので、交通手段がもう少し充実させればより便利になるのに、と思ったのですが、美術館の駐車場の大きさをみて考えを改めました。以前から、栃木は自動車社会だと聞いていましたが、バスなどを用意しなくても近在の人は車で来ちゃうんですね、きっと。

 そういえば、駅前の通りには歩いている人がほとんどいなかったのですが、それに比べて車の通行量がとても多いことに驚かされました。買い物なども、駅前の商店ではなく、いわゆるロードサイドの大規模店舗に行くのでしょう。車の運転が苦にならない人にとっては、都心よりもむしろ便利な環境だとは思うのですが、当方車の運転が苦手なので、ちょっと暮らしにくそう、と思ってしまいました(車の運転が難しくなったお年寄りなんかは、やっぱり暮らしにくいんじゃないかなぁ)。

小室哲哉氏逮捕に思うことなど

 正直に申しますと、当方、小室哲哉氏の関係しているCDはこれまで一度も購入したこともないし、それどころか、おそらく一曲も頭から終わりまでちゃんと聞いたことがないので、こんな人間がこの事件に突っ込みを入れてよいものかどうか躊躇しましたが、とりあえずコメントしてみます。

 報道によると、どうも香港でのビジネスに失敗して多額の借金を背負ったとのことですが、この香港の会社設立にあたって小室氏は「ハリウッドに進出する近道は中国だ」などと関係者に語っていたそうです。いわゆる「関係者筋の話」なので、どれぐらい信憑性があるのか分かりませんが、この言葉を聞いての私の感想。

「へー、小室さんって本気で音楽活動で世界征服するつもりだったんだ。」

 実際のところ、90年代後半の稼ぎだけで一生遊んで暮らせたと思いますが、にも関わらず持ち金をつぎ込んでさらにビジネスを拡大しようとしていたらしい。

 実のところ、90年代の小室さんは、いい意味でも悪い意味でも『商売』として割り切って曲作ってたんだろうと、私は考えてました。先端を行くダンスミュージックと、サビ部分だけは特に丁寧に作られたメロディーラインを組み合わせて(乱造気味と言っていいと思いますが)たくさんの曲をつくって売り抜ける、という戦略。確かに、小室さんにはきれいなメロディーを作る才能はあったのだとは思いますが、ビート周りは言っちゃ悪いですが借り物。アタマのいい小室さんですから、そんなことは先刻ご承知のはずで、だから彼は「国内市場専用の音楽」という見切りをもって、「儲ける時に儲けちゃえ」と活動しているのだと想像していたわけです。いわば、計算づくのビジネスマンの姿ですね。

 ところが、どうもご本人は国内同様の戦略で世界に出ていけると判断していたらしい。もしかしたら、大ヒット連発の陰で、口うるさい音楽ファンから、『あんなの洋楽のパクリじゃん』とか『今さら「レイブ」とか急に持ち上げられても、今西暦何年ですか、って話やん』とか『昔、ハウスのオーザックのCMに出てはりましたよね、確か』などと陰口をたたかれているのに我慢ができず、『今に世界進出して、奴らを見返してやるー!』と頭に血が昇ってしまったのかもしれません。

 個人的には小室さんの音楽には興味がなかったので全然聞いてはいなかったですが、日本の音楽ビジネス的には純粋にお金儲けのため全力をつくすタイプのクールな職人ってのも存在して欲しいので、今回の小室さんの騒動はちょっと残念でしたね。彼はそのタイプの職人になれる人材だったと思われるので。

 今回の騒動で、思い出したのがイギリスの3人組のストック・エイトキン・ウォーターマン。小室さんのちょうど10年程前の音楽プロデューサーチームで、カイリー・ミノーグやリック・アストリー、バナナラマをプロデュースしていた、というと思いだされる方も多いはず。彼らも当時流行のユーロビートに歌いやすいモータウン風のメロディーを合わせて楽曲を連発リリース。世界中でヒットして大儲けしました(商売のやり方も小室さんに似てますね)。

 90年代に入ってトンと名前を聞かなくなりましたが、3年ほど前にスカパーのディスカバリーチャンネルを見ていたら、偶然3人組の1人、ピート・ウォーターマンに出くわしました。その番組は別に音楽がらみでもなんでもなくて、世界の鉄道マニア紹介番組。なんとウォーターマンさんは英国でも有数な鉄ちゃんで、プライベートの鉄道路線を持ち、「フライングスコッツマン」といった有名な蒸気機関車やら、日本の新幹線に触発されて作った英国のHSTやらを保有し、動態保存してました。早い話が、音楽ビジネスで儲けるだけ儲けて、いまは悠々自適というワケ。

 小室さんも、変な色気を出さずに適当なところで第一線から逃げちゃえばよかったのに。イギリスでは伝統的に、成功したら田舎に引っ込んで隠遁生活という王道がありますが、今の日本だと「生涯現役」路線一本やりで息苦しいですね。小室さんもその犠牲者でしょうか。江戸の頃には隠居という制度が確立していたようですけれど...。

google翻訳の「戦争の犬」

 8月24日のエントリーでgoogle翻訳について書きました。翻訳原文として日本国憲法の前文を使いましたが、そこで不思議だったのは「戦争の犬たち」という原文にない言葉が必ず現れることでした。

 『日本ではあまり馴染みがない言語であるヒンディー語と日本語間では、変換辞書の持つ語彙の数があまり多くなくて、そのために誤訳しているのかも』と考えていたのですが、どうもそうではないようです。他の言語で同様の翻訳(日本語→他言語→日本語)を行っても「戦争の犬たち」という言葉が出てきます。最も利用頻度の高いと思われる英語でも同様です。


(日本国憲法前文を「日本語→英語→日本語」に翻訳したもの 2008年8月31日)
は日本の国民が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫は、様々な果実、公共の協和、それをもたらす、全国のパスの自由を確保する澤圭、政府の行動を再度niyotsu游決して戦争の犬たちが発生するの決意を、ここに存する主権在民を宣言し、この憲法を確認する。政府は、最初の開催地は、神聖な人々の信頼をteatsuされた公共機関の代表者に由来し、人々の権力を行使すること、および、人々の福祉を楽しむようにします。これは、人類普遍の原理、および、この憲法は、ベースの原則にします。我々は憲法に違反する、法令及び詔勅を排除する。


どうも憲法前文にある「戦争の惨禍」という言葉を英語で「dogs of war」と訳しているようなのです。


(「戦争の惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
Dogs of war


一方、「惨禍」という言葉を単独で訳すと

(「惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
Terrible devastation


と、普通の訳語になっています。また、「戦争の惨禍」でなく、「戦闘の惨禍」と翻訳してみると、


(「戦闘の惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
The terrible devastation of battle


これも意味の通る訳文。何故「戦争の惨禍」だけが、「Dogs of war」になるのかが不思議です。

「戦争による惨禍」「戦争と惨禍」「戦争は惨禍」「戦争が惨禍」「戦争も惨禍」といった言葉もテストしてみましたが、結果は書きの通り。


(「戦争による惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
Terrible devastation of war

(「戦争と惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
And the terrible devastation of war

(「戦争は惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
War is terrible devastation

(「戦争が惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
War is terrible devastation

(「戦争も惨禍」を「日本語→英語」に翻訳 2008年8月31日)
Terrible devastation of war


「戦争の惨禍」というフレーズ以外では、「惨禍」という言葉は「terrible devastation」という言葉に置き換わっています。想像するに、google翻訳の「翻訳を改善する」機能で、誰かが「戦争の惨禍」というフレーズを「Dogs of war」という英語のフレーズで登録してしまったのではないでしょうか。これも推測ですが、google翻訳では全ての言語を一旦英語に訳してから他言語に置きかえているのでしょう。なので、日本語から英語に翻訳する辞書で、「戦争の惨禍」が「Dogs of war」と登録されていれば、他の言語への翻訳の際も英語経由で「Dogs of war」になってしまうのだと考えられます。

 「戦争の惨禍」というフレーズをわざわざ選んだということは、憲法前文の翻訳で遊んでいたんでしょうか。きっと「戦争の惨禍」の他にも、いろんな変なフレーズが登録されているんでしょうねぇ。インターネット初期の、ネットユーザー全員が知恵を出し合って情報を生み出していこうという性善説が信じられていた時代ならともかく、百鬼夜行の現在のネット世界ではgoogle翻訳の「翻訳を改善する」機能は、いいようにオモチャにされていることでしょう。

google翻訳テスト(ヒンディー語編)

 うろ覚えの知識で恐縮ですが、「七十人訳聖書」にまつわるこんな伝説を聞いたことがあります。その昔プトレマイオス2世は、ユダヤの長老たちにヘブライ語で書かれた聖書をギリシア語に翻訳するように命じました。「七十人訳聖書」という名称からも分かる通り、70人(正確には72人とのこと)がその仕事にあたったのですが、王は「もし、お前たち全員が神の言葉とやらを完全に理解しているならば、他のことばに翻訳しても、その翻訳されたテキストはみんな同じになるはずだ」と、その70人を翻訳が終わるまで別々の個室に監禁しておきました。で、できあがった70人のテキストを対照したところ、驚くべき事に全てが完全に一致し、長老たちは無事解放されたとのこと。

 こんな伝説があるということは、逆に言えば、ある言語から他言語への翻訳は一筋縄ではいかない難しいものだ、と太古の昔から身にしみて感じられていたことの証しだと思われます。

 さて、昨今ではコンピュータを用いた機械翻訳がかなり発展してきています。同一プログラムを使った機械翻訳であれば、七十人訳聖書の逸話のように一つの原文から同一の翻訳文を何度でも吐き出させることは容易でしょう。では、そこからさらに一歩進み、ある言語から別の言語に翻訳した文章をさらに元の言語に翻訳した上でも、そういった同一性は保てるものでしょうか?google翻訳機能でちょっとした実験をしてみました。


(実験方法)
・日本国憲法前文の第一節を日本語から他言語に翻訳し、翻訳文を再度日本語に翻訳する。
・日本語→他言語→日本語を1サイクルとして、これを10回繰り返す。


 一回目の実験では、他言語としてヒンディー語を選択しました。日本語からヒンディー語に翻訳し、さらに日本語に翻訳してみます。

最初に日本国憲法前文第一節のオリジナル文を掲げておきます。

(日本国憲法前文 第一節)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。


さて、実験結果の発表です。


(一回目結果)
 日本国民は、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫を、公共の様々なラインの果物の中に、それは全国津々浦々の自由を確保する持ってき恵澤は、政府の行動を再度niyotsu戦争の犬たちの決意を決して起こる游、主権在民の形成にはここを発表この存することを確認します。政府は、最初の場所は、神聖な人々の信頼をteatsuから派生された公共機関の代表者は、人々の力を行使し、福祉の人々をお楽しみいただけます。これは人類普遍の原理、およびこれは、憲法の原則に基づいています。我々は憲法に違反する、法とインペリアルロイヤル終了して指示に従います。


 翻訳文で目を惹くのは「niyotsu戦争の犬たち」の部分。「惨禍」ということばを巧く訳せなかった結果かと思いますが、「戦争の犬」という予想外の言葉が飛び出してきました。かと思うと「主権が国民に存する」というフレーズは「主権在民」と収まりのいい言葉に変わっています。ラストの「法とインペリアルロイヤル終了して指示に従います。」もジワジワ来る文句ですね。「福祉の人々をお楽しみいただけます」もイイ。


(二回目結果)
 日本国民に、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫の様々な公共の行の果物、それは全国津々浦々の自由を確保するために私は、政府の行動を再恵澤niyotsu決して戦争の犬たちが起こったの友決定、主権、と発表したギャップはここを形成して位置を確認しています。政府は、第一に、神聖な人々の信仰をして公共機関の代表者から派生してteatsuの人々の福祉の人々の力をお楽しみいただけます。これは人類普遍の原理と、この 1つは、憲法の原則に基づいています。我々は憲法に違反して、法との最後には、インペリアルロイヤル指示に従います。


 オリジナルの文でも、一回目の翻訳文でも存在しなかった「ギャップ」ということばが唐突に現れました。しかし、一番の驚きは、末尾の「我々は憲法に違反して、法との最後には、インペリアルロイヤル指示に従います」。我々は憲法に違反してもインペリアルロイヤル指示に従う、といいうことは、インペリアルロイヤル指示のほうが憲法よりも上位にあるということなんですな。


(三回目結果)
 日本国民は、国民議会に選出された代表者を通じて正式なアクションは、私たちと私たちの子孫の人々の様々なラインの果物、それは全国津々浦々は、私を確保するための行動の自由に対する政府の再恵澤決定niyotsu決して戦争の犬たちを友人に送る、主権、と発表ギャップはここを形成して状況を確認してください。政府は、とまず第一に、人々の信頼を、神聖な公共機関の代表者から派生したの福祉をteatsuの人々のパワーをお楽しみいただけます。これは、人間の普遍性の原則のレースでは、理論は、憲法に基づいています。私たちは憲法と法律に反対するの最後には、インペリアルロイヤル指示に従います。


 「ここを形成して状況を確認してください。」と、唐突に現れる依頼文が可笑しい。しかし、これだけ文章がコワれてきても「戦争の犬」という言葉はビクともしませんね。


(四回目結果)
 日本の人々の代表に選出され、国会で正式なアクションを通じて、私たちと私たちの子孫を様々なラインの人々の果物、それは全国津々浦々、私を確保するための政府の行動の自由をしないように沢恵戦争の決定権をniyotsu犬を友人に送る、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。政府は、最初の開催地と人々の信頼をteatsuの神聖な機関の代表者から派生して人々の福祉の人々のパワーをお楽しみいただけます。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。私たちの憲法と法律に反対するの最後には、インペリアルロイヤル指示に従います。


 ようやく「戦争の犬」が消えたかと思ったら、「niyotsu犬」という不思議な生物が生まれました。


(五回目結果)
 日本の人々が、国会で選出された代表者の正式な行動を通じて、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、ラインの人々 、それは全国津々浦々、私の政府の行動の自由を確保するための決定をするのを防ぐ聡戦争の犬たちを友人に送るniyotsu澤、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。政府の最初の人々にこのサイトは、神聖な機関の代表者の人々の信頼とteatsuから派生した人々の福祉を権力の座にお楽しみください。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。憲法と法律に反対する私たちの最後には、インペリアルロイヤル指示に従います。


 第四回目で消えた「戦争の犬たち」が帰ってきました。何故か「このサイトは」と、Webサイト掲載文っぽい言葉が出現。「人々の福祉を権力の座にお楽しみください。」も、なにやら意味深なフレーズです。


(六回目結果)
 日本の人々が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、人々の行、それは全国津々浦々、私の行動の自由を確保するため政府は、次の意思決定戦争の犬たちを停止するには、 niyotsuを友人に送る澤聡、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。政府が第一の人々はこのサイトは、神聖な機関を代表する人々の信頼とteatsuから派生した人々の福祉を権力の座にkudasaiお楽しみです。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。私に反対して年末までに憲法と法律のインペリアルロイヤル指示に従います。


 「政府が第一の人々はこのサイトは、神聖な機関を代表する人々の信頼とteatsuから派生した人々の福祉を権力の座にkudasaiお楽しみです。」は、「政府が何が何でも一番大切だと思っている人にとって、このサイトは、宗教団体の代表者たちの信頼と電通(teatsu)によって煽られた人々が『福祉』を錦の御旗にして権力の座についてください、と悦に入っているようなものだ」と読解すればよいのでしょうか。少々意味不明ですが、穿った考察と言えば言えるかも。いや、やっぱり言えないか。
 それと、末尾の文章が、より具体的になってきて、「私に反対して年末までに」と時期まで限定されています。


(七回目結果)
 日本の人々が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、人々の行、それは全国津々浦々、私の行動の自由を確保するため、政府の決定権を次のよう戦争の犬たちを停止するには、沢を友人に送るniyotsu明、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。政府には、神聖な場所での最初の機関の人々を代表してから派生した人々の信頼とteatsuの人々の福祉を権力の座に楽しむkudasai 。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。憲法と法律に反対して私の終わりまでに、皇室ロイヤル指示に従います。


 「憲法と法律に反対して私の終わりまでに、皇室ロイヤル指示に従います。」って、なんとなく三島由紀夫を思い起こしたのは私だけでしょうか。第六回まで、ずっと「インペリアル」だったのが急に「皇室」という言葉に置き換わっています。


(八回目結果)
 日本の人々が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、人々の行、それは全国津々浦々、私の行動の自由を確保するため、政府の意思決定戦争の犬たちの後を友人に送るのを防ぐniyotsu彰澤、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。は、神聖な場所に代わって、最初の機関の人々から派生して人々の信頼とteatsuの人々の福祉を権力の座に楽しむ kudasai 。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。憲法と法律に対する私の終わりまでに、皇室、ロイヤル指示に従います。


 第七回から第八回の翻訳では、あまり大きな変更はないようです。文章がかなり崩壊し、一つのセンテンスが短くなっているので、それが原因かもしれません。強いて言えば「戦争の犬たちの後を友人に送るのを防ぐ」という部分でしょうか。


(九回目結果)
 日本の人々が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、人々の行、それは全国津々浦々、私の行動の自由を確保するため、政府の意思決定戦争の犬たちの後にする友人に送るのを防ぐにniyotsu彰澤、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。どのような神聖な場所に、すでに人々の組織から派生したと人々の信頼をteatsuの人々の福祉を権力の座に楽しむ kudasai 。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。私の憲法と法律の終わりまでに、皇室、ロイヤル指示に従います。


 第八回との違いがほとんど見つかりません。いよいよ、ユダヤの長老の域に達してきたのでしょうか。


(十回目結果)
 日本の人々が、国会で正式に選出された代表者を通じて行動は、私たちと私たちの子孫に様々な種類の果物、人々の行、それは全国津々浦々、私の行動の自由を確保するため、政府の意思決定戦争の犬たちの後にniyotsuする友人に送るのを防ぐ彰澤、主権、と発表したの形成には、違いここでは、状況を確認してください。どのような種類の神聖な場所は、すでにteatsuの人々や組織から派生して、人々の信頼を人々の福祉を権力の座に楽しむ kudasai 。普遍性の原則を、人間のレースは、憲法の原則に基づいています。私は、憲法と法律の終わりまでに、皇室、ロイヤル指示に従います。


 第十回の結果も第九回とほとんど変わりなし。文章がバラけて短くなり、翻訳の際の揺れが小さくなったことが原因でしょうね。これだけ内容が一定してくるとプトレマイオス2世に見せても恥ずかしくないのではないでしょうか。読んでも意味がよく分からないという難点はありますが...。

(この翻訳は2008年8月15日に行いました。googleではいつものことですが、翻訳ロジック等はマメに変更されているようですので、同じ文章を使っても、もう同一の結果は得られないと思います。)

日本全国閉塞感音頭

 犯罪を通して社会を俯瞰する、といった形式の社会評論があります。人目を引く事件が起こると、その事件によって現代社会の病巣を暴いて見せたり、過去の大きな事件を振り返ってその時代の闇の部分を照らし出したりしようとするタイプの評論です。

 この手の文章で、よくお目にかかるのが『閉塞感』という紋切り型。『社会全体に蔓延する閉塞感こそが、犯罪の陰にある真の原因だ』といったタイプの締めの言葉を見た方は多いと思います。ついこの間の月曜日にもこの言葉に遭遇しました。

 「海の日」ということで普段見たこともない朝のワイドショーをザッピングしながら見ていたところ、その中の一つ、テレ朝の「スーパーモーニング」で「"八つ墓村"70年目事件新証言」という特集をやっていました。タイトルを見て、お分かりの方も多いとは思いますが、これは「津山三十人殺し」を扱ったルポでした。横溝正史の「八つ墓村」の下敷き(ストーリーは実際の事件とはほとんど関係はない)になった事件でもあり、そのために「八つ墓村」と特集名に入れたのでしょう。今年の5月、週刊朝日に、事件当時を知る関係者のインタビューが掲載されたそうですが、アサヒ系列のテレビ局ということもこの特集を放映するきっかけになったのではないかと思います。

 この特集のラストでは、先日の秋葉原の無差別殺傷事件と比較して、

  • 犯人は子供の時は勉強がよくできた

  • その後の挫折(津山事件の犯人は徴兵検査で不合格になったこと、秋葉原事件では進学校に入学してから成績が落ちたこと


  • と、二人の犯人の共通点を挙げた上で、

    「昭和初期といえば、恐慌や不景気の時代。そして今は格差社会が大きな問題となっています。こういった時代の閉塞感も見のがせない共通点と言えますね」といった類のコメントでコーナーを締めていました。『あー、こりゃいかにも"閉塞感"って言いそうだなー』と思って見ていたら、ど真ん中に『閉塞感』って言って下さったので、思わず苦笑いしてしまった次第です。

     上記の二つの犯罪がどの程度までに似ているのか似ていないのかはコメントを控えますが、この手の犯罪評論を見慣れている人なら『閉塞感』なる共通性などあって無きがごときものなことは先刻ご承知のはず。というのは、ほとんどあらゆる時代の犯罪に『時代の閉塞感』なる言葉が当てはめられてきたからです。例えば、『東海道四谷怪談』(フィクションで本当の犯罪ではないですが)だったら、『ようやくに矛盾を露呈させつつあった封建体制の淀みの中、人々は閉塞感に覆われていた、そんな中、浪人の伊右エ門は硬直化した社会の中での立身出世のために女房のお岩をはじめ数人を惨殺する。』みたいなセリフが考えられます。

     要するに、あらゆる時代に『閉塞感』がつきまとうのだったら、今更昭和初期の事件と現代の事件を『閉塞感』をキーワードにして対比したところで仕方がない、という訳です。多くの殺人・傷害事件で刃物が使われますが、『浅沼社会党委員長暗殺事件では刃物が使われた。一方、秋葉原の通り魔事件でも刃物が使われた。この二つの事件には凶器に共通性がある』と言っても仕方がないのと同様です。

     私自身は、犯罪読み物が好みなのですが、いささか手垢のついた感のある『時代の閉塞感』といった紋切り型は、一旦放棄していただいて、新機軸の文句を考え出していただきたいものです。

    余興になりますが、犯罪評論でよく見られる『時代の閉塞感』を基に『日本全国閉塞感音頭』を作ってみました。懐かしの『日本全国酒飲み音頭』(バラクーダ)の節でお楽しみください。


    <日本全国閉塞感音頭>
    江戸時代は封建体制で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    明治時代は藩閥政治で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    大正時代は成金跋扈で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    昭和初期は恐慌・飢饉で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    戦時中は八紘一宇で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    戦後すぐはGHQのせいで閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    昭和30年代は安保条約で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    高度成長時代は公害や環境破壊で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    オイルショック時代は不況や合理化で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    バブル時代は拝金主義で閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    『失われた10年』時代はバブルのつけで閉塞してたぞ 閉塞してたしてたぞ 閉塞してたぞ
    最近は『格差社会』で閉塞してるぞ 閉塞してるしてるぞ 閉塞してるぞ

    丸の内線から見える建物

     地下鉄であるにも関わらず地上区間が多いことで有名な地下鉄丸の内線。東京の地下鉄の中で二番目に古い路線で、初期の地下鉄だけに地表浅いところを走っており、そのためにもともとの地形が低いところが地上区間になったのですが、あらためて東京(そして江戸)の坂の多さを実感させてくれますね。

    私は通勤にこの路線を利用しているのですが、茗荷谷-後楽園間の地上区間の眺めが好きで、窓付近が空いていればそこからボンヤリと外を眺めています。「茗荷谷」という地名の通り、ここは本当に谷で、ひな壇のような斜面に家々が並んでいます。その中に、以前から気になっていた建物があります。池袋方面を正面に立って右側にある、かなりくたびれた感じの鉄筋3階建ての建物。アパートのような感じですが、2階付近にホールというか食堂のような大きな部屋があって、学生っぽい風体の男の子が数人ダベっています。日が沈んで暗くなると、その部屋に灯りがつくのでよく目立ちます。おそらく学生寮の類だろうと思ってみていたのですが、あるヒマな日に思い立ってその建物を見に行ってきました。

     茗荷谷駅を降りて、しばらく歩き坂道をたらたらと下っていきます。いつも車窓から見ているだけの風景の中を歩くのもちょっとオツなものですな。なかなか急な坂道で、下りはともかく登りはツラそう。毎日この坂を上り下りすると、かなり体を鍛えられそうでした。で、肝心な建物ですが、入り口の看板には

    「(財)奈良県奨学会 養徳学舎」

    と書いてありました。予想した通り、学生向けの宿舎のようですが奈良県に関わりのあるもののようです。さすがに、無断に中に入るのは憚られて、表札確認のみで退散。帰宅してから「養徳学舎」でググると、Webサイトが見つかりました。

    養徳学舎

    奈良県在住者の子息で大学・大学院に通う学生向け(男子のみ)の寮とのこと。よく女子専用の学生マンションがありますが男子専用学生寮だと、小汚そうですなー。家賃は敷金100,000円 月々15,000-2,500円とやはり安くて、しかも平日朝夕は賄いつき。2階にある洗面所の写真を見ると、今はもう珍しくなった研ぎ出しコンクリート製の流しです。懐かしいなあ。

    私自身も高校卒業までは関西に住んでいて、大学入学とともに関東で初めての一人暮らしを経験したのですが、地下鉄から見える彼らも同じような境遇なのかと思うと、ちょっと親近感が湧いてきました。

    しかし、トップページの惹句「東京には奈良がある」は、いかがなものかと。「奈良がある」と断言するなら、せめて屋上で鹿の放し飼いぐらいはして欲しいっす。

    ブルトンとスキャンダル

    私の大好きな映画監督、スペイン出身の名匠ルイス・ブニュエルの自伝からの引用。かねて親交のあったシュルレアリストのアンドレ・ブルトンとの再会について。


     一九五五年ごろのパリで、私が彼に出会ったのは、二人でイヨネスコのところに行こうとした折だった。どちらも少し早く来たので、一杯飲みに立ち寄った。私はブルトンに、なぜマックス・エルンストはヴェネツィアのビエンナーレでグラン・プリをうけた罪で除名されたのか、とたずねた。
    「なぜって、君」と彼は答えた。「われわれはいやしむべき商人になり下がったダリと決別したじゃないか。そして今度は、マックスが同じことをしている」
     いっとき口をつぐんでから、彼は言葉を継いだ---そしてわたしはその顔に、深い、真の苦痛が浮んでいるのを見た。
    「ルイス、こういうのは悲しいんだが、スキャンダルは、もはや存在しないんだ」

    (ルイス・ブニュエル著 矢島翠訳.映画、わが自由の幻想.早川書房,1984, p.193.)


    アンドレ・ブルトンは1920年代のシュルレアリスム運動の開始以来、その中心的・絶対的存在として君臨し、ダリやエルンストといった運動の早くからの参加者を次々に「破門」していったわけですが、この文章当時は、ほとんどの芸術家たちが彼と袂を分かち孤立状態だったようです。

    社会を挑発する武器として「スキャンダル」を用いるという手法は、ブルトン以降も廃れていません。60年代のカウンターカルチャーにもよくみられましたし、現在でも存在しています。「Rock」という音楽ジャンルがその典型と言えるかもしれません。

    ジミヘンやジャニス・ジョプリンといったロックスターの早すぎる死を思うとき、いつもブルトンの「スキャンダルは、もはや存在しないんだ」という痛ましい言葉を想起してしまいます。ある意味で、ブルトンは50年前にロックスターと同様の苦悩を既に体験していたということなのでしょう。

    エレベーターの停止階ボタン

     お恥ずかしいことですが、階数ボタンを一度押してもキャンセルできるエレベーターがあることを最近知りました。なんでも、ランプがついてしまった階数ボタンをダブルクリックすると取り消してくれるらしいです。

    「エレベーター キャンセル ボタン」でググるとたくさんページがヒットします。

     間違ってエレベータのボタンを押してしまい、同乗している人に迷惑をかけることもママあることなので、この機能は便利であることは間違いないのですが、この機能が最近のエレベーターに実装されていると知ったときは、「えっ、それ許されるの?」と、いささか驚いてしまいました。

     私がまだ小学生だった頃に、学研か何かの学習雑誌で、「なぜエレベータのボタンはキャンセルできないのか」という疑問とそれに對する回答を読んだ記憶があります。その回答はこんな感じでした。

    「技術的には取り消し機能を付けることは難しいことではありません。事実、デパートなど、エレベーター操作する専門の人がいるような場合は停止階をキャンセルできるエレベーターが導入されています。ですので、階数の取り消しができないのには別の理由があるのです。

     エレベーターの中で暴漢と二人きりになったと想像してみてください。あなたはきっと、とにかく階数ボタンを押せるだけ押し、最寄りの階にに止めて逃げたり助けを呼んだりするはずです。もし階数ボタンの取り消しが可能ならば、暴漢はエレベーターが止まらないようにキャンセルしてしまうでしょう。そういう事態を避けるために一旦押したボタンは取り消しできないようになっているのです。」

    小学生の私は、『もしも、口裂け女とエレベーターで二人きりになったら…』と恐れおののきつつ、『とにかくボタンを全部押してしまおう。そうすればさしもの口裂け女といえどもエレベーターの停止を止められないんだから』と固く決意したのでありました。

    そんな私の決意には委細構わず、最近のエレベーターはボタンのキャンセルができるというんですから、私が「えっ、それ許されるの?」と驚いてしまうのも理の当然と言うべきでしょう。

     シリアルキラーとエレベーターで乗り合わせてしまった女の子が、ボタンを押してエレベーターを止めようとするが、犯人がニタっと笑いながらキャンセルしていく、なんて異常犯罪者映画の一シーンで使えそうです(そういえば、一時やたらとサイコパス映画が作られてましたが最近下火になりましたな)。現実の社会でも、相変わらず性犯罪や通り魔事件が世上を賑わせてますが、そこら辺の考慮はされているんですかねー。

    かつてはなかったキャンセル機能が今は実装されているのは、エレベーターに関する何らかの規制緩和があった為なんでしょうか?そもそも、キャンセル機能に関する法的な規制があったかどうかも知らないんで、詳しい事情は皆目分かりません。もし何かご存じのかたがあったらご教示いただけると嬉しいです。

    芝居のお客


     江戸時代の観劇の様子について興味深い記事を見つけたので紹介。


    「勿論、江戸以来の習慣で、成田屋(団十郎)とか高島屋(左団次)とか声をかける人は沢山あった。しかしその以外に一種の悪褒めをするような観客は極めて少なかった。たまたまそういう人があれば、それがいつまでも話し草になって、世に残るくらいのものであった。平民的に発達した芸術とはいいながら、父より子へ、子より孫へと、何百年来養成されて来た観客は、劇場内における一種の礼儀というものをおのずからに心得ていた。鎮守の奉納相撲や野天芝居を見物するような料簡で、江戸の劇場をくぐった者は一人もなかった。(中略)
     劇場の観客の行儀が最も悪かったのは、明治の末年から大正十年前後にわたる約二十年間であったと思う。その原因は、団菊左というような名優が殆んど同時に世を去ったので、観客はおのずから舞台の上を侮るような気味になって、ひやかし半分にわいわい騒ぎ立てるようになったのと、もう一つは、前は日露戦争、後は欧州大戦の好景気のために、今まで劇場内へ足を入れなかったような客が俄かに殖えて、それらが一杯機嫌などでむやみに騒ぎ立てるので、それがまた一種の群集心理を醸し成して、劇場へゆけば皆騒ぐものというような悪い習慣を作ってしまったらしい。その習慣もだんだんに改まって、このごろの観客は以前に比べると頗る行儀が好くなった。そうして、真面目に芝居を見物しようとする人の多くなったのは、まことに結構なことである。

    (岡本綺堂.ランプの下にて : 明治劇談.岩波書店,1993, p. 71-72.)


    時代劇などでは、職人さんたちが芝居を見ながらワイワイ囃し立てているシーンを時折みかけますが、実際はそんなことはなかったみたいです。よく、「今でこそ、高尚なものと思われがちな歌舞伎や文楽は、武士や公家など高位の社会階級に庇護された能と違って庶民のものだったのだから、そんなに鹿爪らしくおさまって観劇すべきものでもない。」といった意見も聞きますが、こういった話を知ると、ちょっとイメージが変わりますね。庶民のものであっても、自ずから観劇の作法が存在し、大多数はそれを体得して従う、というところは何か我が国の国民性といったもの思わずにいられません。歌舞伎よりもちょっと古い時代になりますが、シェークスピアを生み出したエリザベス朝演劇の当時のお客さんは、もっとガラが悪かったはず。

    ちいさい秋みつけた

     先日、スカパーのヒストリーチャンネルでサトウハチローに関するドキュメンターリーを見ていたらちょっと面白いエピソードがあったので紹介。


     サトウハチローさんがある時テレビでニュースを見ていると、ちょうど秋口だったのか、日光や京都など紅葉の名所の様子を紹介する映像が流れた。その映像のバックの曲が、自作の「ちいさい秋みつけた」と気づくやいなや、テレビ局に電話。

    「オレの作った詩は『ちいさい秋みつけた』だけど、いま映っている絵は『大きい秋』だよ」


    ごもっともで。
    いかにもサトウハチローさんらしい話。ご子息の四郎さんが語ってらっしゃいました。

    calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << October 2017 >>
    selected entries
    categories
    archives
    recent comment
    recent trackback
    recommend
    recommend
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM