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大根役者初代文句いうの助 / 伊藤雄之助著

 伊藤雄之助という俳優をご存じでしょうか。戦後の日本映画黄金期を支えた名脇役の一人でした。一般的には黒沢明の『椿三十郎』の家老役といえば通りがよいでしょうか。私の記憶に残っているのは、中村登監督の『集金旅行』での地方の名士役(過去に2号にしていた岡田茉莉子に金をユスられる。「人格者が人格者でなくなったら、オマンマの食い上げだ」という名台詞がありました)。

 この伊藤雄之助さんががかつて「大根役者初代文句いうの助」という本を出版されていたのですが、この本を読む機会がありましたのでちょっと紹介。


大根役者初代文句いうの助 / 伊藤 雄之助
東京 : わせだ書房新社, 1969

(目次)
第一章 朴念仁の譜
第二章 隔離病棟の住民たち
第三章 ながいものには巻かれろ
第四章 俳優の幸福、俳優の不幸
第五章 自由と掟と刑罰と
第六章 朴念仁の直言


上記のうち、第一章は自伝的な内容で、歌舞伎界の傍系の家系の中で生まれ育ち、父親を早くに亡くしたことで芸界での後ろ盾をなくし、大変に苦労したことが書かれていて、興味深いものでした。第二章から後ろは、タイトルの「文句いうの助」通り、伊藤さんが現在の芸能界に異議を唱えるというもの。大まかにいって、その文句の主なものは


・芸能界が浮世離れしていて常識が通じないこと
・映画界の理不尽なスターシステム
・プロ意識のないタレント芸能人
・ミーハーな芸能ファン


という感じ。ただし、いかにも年寄りが現在を嘆くというステレオタイプな批判で、正直読んでいて少々鼻白む思いがしました。第一章の自伝の内容をもっと多く書いて欲しかったなぁ。

 「映画界のスターシステム」に関していうと、伊藤さんが実際に仕事をされていた際には、いろいろと制約になって不自由な思いをされたのは確かだとは思うのですが、1970年代にあっさりと邦画界が崩壊してしまい、その後の苦しい映画製作の業界を映画ファンとしてみていると、1950年代から60年代の邦画の黄金期は、「スターシステム」のような矛盾点があったとしても、憧れの時代であることは揺るぎません。だもので、伊藤さんの"文句"は無いものねだりの贅沢にも感じられてしまうのです。

 「ミーハーな芸能ファン」に対する文句の中で、当時の世相がよくわかる部分がありましたので、引用してみます。


日活の正月作品で、石原裕次郎くんといっしょに仕事をしたことがありました。石原くんの仕事ですから、いわゆる「青春もの」。日活の撮影所にはエキストラの女子高校生が大勢集まっていました。

(中略)

ちょうど、中国の紅衛兵問題がさかんに論議されているころなので、わたしもこりずに、それについて聞いてみました。
「きみたち、ここへきて、まあ遊んでいるようなものだ。そうやっていてだよ、いま紅衛兵がやっていることをどう思う……?」
「紅衛兵って?」
「え?家でも学校でも話題になっているだろう……」
「ぜんぜん」
「中国のね、きみたちと同じくらいの年ごろのひとたちだよ。文化大革命の尖兵っていわれている青少年……」
「へえ、ちょっとカッコイイことやっているのね」
「カッコイイかどうかしらないけど、考えたことないのかい」
「だってさ、カンケイないもん」
 直接関係ないことは確かです。わたしにしたって、紅衛兵のあり方を必ずしも肯定しているわけではありません。しかし、お隣りの中国の青少年は、国家の機構に、民族の将来に重要な関心を寄せ、青春の熱情を盛りこんで行動しています。ところが、日本の次代を担うべきかの女たちはなにを考えているのか。かの女たちは、はっきり、言明するのです。
「考えるなんて、メンドウくさいわ」
 わたしは汗がでてきました。ポケットからハンカチをだして顔を拭いていると、いうことがふるっています。
「あら、おじさん、泣いてんのね」
泣きたくもなるではありませんか。
(p.287-289)

-------------------------

(引用者注…伊藤さんが中共を訪問し、中共の映画スターの女優とともに上海の街を歩いた時のお話)
「スターのなになにさんよ」
と、ささやきあう声が聞えてきます。そして、ちかくにいけば、静かに目礼して道をあけてくれるのです。
「サインしてェ」
とか、
「触らしてェ」
とか、
「キャー、ピー」
とかいう声はついぞ聞かれませんでした。
---あーあ、ミーちゃんハーちゃんの線で、水をあけられたな。
 わたしは、そう思いました。文化人や高位高官が立派なことをいうのは、どこでも、同じことでしょう。また、あたりまえです。しかし、ピラミッドの底にいるミーハー族の線で、これほど差をつけられてしまったのです。
「おじさん、泣いてんのね」
で、すむことではありません。
(p.290)


中共の文化大革命が話題になっていた頃の日本の世相については、当時の新聞を見たりしてちょっと調べたことがあるのですが、紅衛兵に対する見方は、左翼陣営右翼陣営で肯定否定きっぱり分かれていて、「活動の全てを肯定するわけではないが、革命の行方について真剣に憂慮し主体的に行動している点は理解できる」というのは左翼陣営の中の視点の一つの典型でした。伊藤さんの「文句」もこの典型の一例。

 現在では、紅衛兵を「主体的に行動した」とうことで支持する意見は皆無といっていい状態です。「政権の中で力を失いつつあった毛沢東一派が、若者を扇動して動かし、巧く利用した」という見方のほうが支配的で、紅衛兵たちは「主体的」どころか「革命のカリスマである毛沢東に盲目的に従った」ように見えます。ある意味で究極のミーハー主義ですね。

 これは自戒も込めてなのですが、「批判」や「文句」、「グチ」等々は、安易に書き残すものではないと改めて考えさせられました。伊藤さんの若いミーハーに対する「文句」は、当時の日本における「世相にもの申す反骨的な意見」の一つの典型だったワケですが、こういった「レディメイドな反骨的な意見」って、古くなる時は、あっという間に古くなってしまいます。日記なんかに『日本社会の矛盾点』などと鼻息荒く書き立てて、書いた本人が後から読んで、自ら赤面する、なんてことも、ままありますよね。まだ、日記だったらこっそり赤面しつつ『昔は青かったなぁ』で済むからいいようなものの、言ったり書いたりしたことが、後々まで残って人目にさらされたりしたら、目もあてられません。

コメント
お久しぶりです。お元気にしていらっしゃいますか? 「大根役者…」試しに川崎市図書館蔵書で検索したらヒットしたので、つい借りて読んでしまいました。結構物好き? 確かに時代を感じる文章ですが、面白かったです。舞台と映画の演技を混同しているような気がしました(この時代は一緒のものと考えられていたのかな??)
  • ari
  • 2008/11/12 12:07 PM
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