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芝居のお客


 江戸時代の観劇の様子について興味深い記事を見つけたので紹介。


「勿論、江戸以来の習慣で、成田屋(団十郎)とか高島屋(左団次)とか声をかける人は沢山あった。しかしその以外に一種の悪褒めをするような観客は極めて少なかった。たまたまそういう人があれば、それがいつまでも話し草になって、世に残るくらいのものであった。平民的に発達した芸術とはいいながら、父より子へ、子より孫へと、何百年来養成されて来た観客は、劇場内における一種の礼儀というものをおのずからに心得ていた。鎮守の奉納相撲や野天芝居を見物するような料簡で、江戸の劇場をくぐった者は一人もなかった。(中略)
 劇場の観客の行儀が最も悪かったのは、明治の末年から大正十年前後にわたる約二十年間であったと思う。その原因は、団菊左というような名優が殆んど同時に世を去ったので、観客はおのずから舞台の上を侮るような気味になって、ひやかし半分にわいわい騒ぎ立てるようになったのと、もう一つは、前は日露戦争、後は欧州大戦の好景気のために、今まで劇場内へ足を入れなかったような客が俄かに殖えて、それらが一杯機嫌などでむやみに騒ぎ立てるので、それがまた一種の群集心理を醸し成して、劇場へゆけば皆騒ぐものというような悪い習慣を作ってしまったらしい。その習慣もだんだんに改まって、このごろの観客は以前に比べると頗る行儀が好くなった。そうして、真面目に芝居を見物しようとする人の多くなったのは、まことに結構なことである。

(岡本綺堂.ランプの下にて : 明治劇談.岩波書店,1993, p. 71-72.)


時代劇などでは、職人さんたちが芝居を見ながらワイワイ囃し立てているシーンを時折みかけますが、実際はそんなことはなかったみたいです。よく、「今でこそ、高尚なものと思われがちな歌舞伎や文楽は、武士や公家など高位の社会階級に庇護された能と違って庶民のものだったのだから、そんなに鹿爪らしくおさまって観劇すべきものでもない。」といった意見も聞きますが、こういった話を知ると、ちょっとイメージが変わりますね。庶民のものであっても、自ずから観劇の作法が存在し、大多数はそれを体得して従う、というところは何か我が国の国民性といったもの思わずにいられません。歌舞伎よりもちょっと古い時代になりますが、シェークスピアを生み出したエリザベス朝演劇の当時のお客さんは、もっとガラが悪かったはず。

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