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ブルトンとスキャンダル

私の大好きな映画監督、スペイン出身の名匠ルイス・ブニュエルの自伝からの引用。かねて親交のあったシュルレアリストのアンドレ・ブルトンとの再会について。


 一九五五年ごろのパリで、私が彼に出会ったのは、二人でイヨネスコのところに行こうとした折だった。どちらも少し早く来たので、一杯飲みに立ち寄った。私はブルトンに、なぜマックス・エルンストはヴェネツィアのビエンナーレでグラン・プリをうけた罪で除名されたのか、とたずねた。
「なぜって、君」と彼は答えた。「われわれはいやしむべき商人になり下がったダリと決別したじゃないか。そして今度は、マックスが同じことをしている」
 いっとき口をつぐんでから、彼は言葉を継いだ---そしてわたしはその顔に、深い、真の苦痛が浮んでいるのを見た。
「ルイス、こういうのは悲しいんだが、スキャンダルは、もはや存在しないんだ」

(ルイス・ブニュエル著 矢島翠訳.映画、わが自由の幻想.早川書房,1984, p.193.)


アンドレ・ブルトンは1920年代のシュルレアリスム運動の開始以来、その中心的・絶対的存在として君臨し、ダリやエルンストといった運動の早くからの参加者を次々に「破門」していったわけですが、この文章当時は、ほとんどの芸術家たちが彼と袂を分かち孤立状態だったようです。

社会を挑発する武器として「スキャンダル」を用いるという手法は、ブルトン以降も廃れていません。60年代のカウンターカルチャーにもよくみられましたし、現在でも存在しています。「Rock」という音楽ジャンルがその典型と言えるかもしれません。

ジミヘンやジャニス・ジョプリンといったロックスターの早すぎる死を思うとき、いつもブルトンの「スキャンダルは、もはや存在しないんだ」という痛ましい言葉を想起してしまいます。ある意味で、ブルトンは50年前にロックスターと同様の苦悩を既に体験していたということなのでしょう。

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