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ビデオ「赤線」をやっと見た

 しばらく前から探していたビデオをようやく見ることができたので紹介。「赤線 = AKASEN : 音と画像と活字による」というタイトルで、三一書房の近代庶民生活誌シリーズの第14巻、「色街・遊廓 ; 2」の附録として出版されたもの。

 このビデオの存在を知ったのは、ちくま文庫で出ている「赤線跡を歩く」を読んだのがきっかけだった。


今回、ビデオの画面をお借りした作品は、当時警視庁に勤務しておられた小野常徳氏が撮影、編集なさった記録映画『赤線』で、売防法実施直前の都内の赤線すべてをカラーフィルムに収めた貴重な映像である。『近代庶民生活誌14』(三一書房)でビデオ化されている。
(木村聡著. 赤線跡を歩く : 消えゆく夢の街を訪ねて. 筑摩書房,2002, p.58.)


この「赤線跡を歩く」はルポ形式の写真集で、いまや朽ち果てようとする寸前の色町の残照をすくいとる魅力ある本。その中で『売防法実施直前の都内の赤線すべてをカラーフィルムに収めた貴重な映像である。』と紹介されていれば、これは一度見たくなるのが人情というもの。

『近代庶民生活誌』という、いささか大仰なシリーズ名で、しかも三一書房の出版とあらば、少し大きめな図書館なら持っているだろうと検索してみると、思いの通りかなりの数が見つかった。で、手近な図書館から2-3あたりをつけてみると、驚いたことに14巻は持っていても肝心な附録のビデオがことごとく行方不明になっている。どうも、本と附録のビデオを借り、本だけ返してビデオを我がモノにしているヤカラがいるらしいのだ。

 図書館の資料を盗むとは許されない行為で、当方もそのおかげで見たい資料が見られないという迷惑を蒙っているわけだが、それでもなんとなく笑ってしまった。まあ、あまり他にない毛色の変わった映像なので、欲しくなる気持ちはワカランでもない。というか、かく言う私自身「赤線」というタイトルにひかれて、図書館をハシゴしている訳で、『同好の士は結構多いな』と苦笑してしまった次第。

 幸運なことに、先日訪れた図書館ではビデオがなくなりもせずに所蔵されていたので早速借り出して閲覧することができた(また紛失するのが怖いので所蔵図書館名は内緒。ちなみに私はちゃんとビデオも返却しました)。


赤線 = AKASEN : 音と画像と活字による / 小野常徳制作
東京 : 三一書房, c1993
ビデオカセット1巻 (45分) ; 19cm.
-- (近代庶民生活誌 / 南博責任編集 ;第14巻 . 色街・遊廓 ; 2,[付録])
昭和33年制作


元々は警察の記録資料とすることを念頭において作られたということで、当然濡れ場などは一切登場しない。退色したカラーフィルムと、一昔前のカッチリとしたアナウンサー口調によるナレーションが、見る者を一気に昭和の世界に運んでいく。撮影は売春防止法実施直前の時期になされており、ほとんどの赤線は既に斜陽化していて、その寂しさが味になっている。まだ客が来る前、午後の早い時間に粗末な建屋の縁側で一心に化粧をしている女給の姿などはとても印象深い。

中でも圧巻は『東京パレス』の項。1945年の10月、進駐軍向けの赤線として小岩に作られた東京パレスは、元はある時計工場の女工宿舎。建物はそのままにして各棟を赤、黄、緑とペンキで塗り分け、世界でも珍しいアパート式赤線としてオープン。工場部分はダンスホールに改装して女給はここで踊りながら客待ちしていたという。しばらくして進駐軍向けだけでなく、日本人相手にもオープンしたが、日本人客料金は外人客料金に比べて3分の1と大幅に安く、外人客が一騒ぎしたこともあったらしい。

これも、先に書いた「赤線跡を歩く」に書かれていたことだが、坂口安吾の戦後世相ルポシリーズ「安吾巷談」に東京パレスが登場している(安吾巷談の「東京パレス」編は文藝春秋昭和25年9月1日発行号に掲載)。安吾師匠は実際に東京パレスを訪れているのだが、ダンスホールの様子が書かれているので紹介。


 東京パレスは、今までのパンパン街と本質的にちごう。昔の吉原にもあったが、京都も伏見中書島など、ちょッとしたダンスホールをそなえた遊廓はかなりあった。しかし娼家にホールが建物としてくッついているというだけで、誰も踊ってやしないし、誰かが踊っていたにしても、在来の娼家の性格を出ているものではなかった。
 東京パレスは、その恋人を選定する道程に於て、娼家的なものがないのである。意識的に、そこに主点をおいて、娼家的なものを取り去っているのだ。
 そこはダンスホールである。バンドもある。よく、きいてみろ。雑音とちがうぞ。ちゃんと曲にきこえるだろ。女はイヴニングをきている。そして、ともかく、一応の容姿の娘(年増は殆どいない) をとりそろえ、ストリップを観賞するように、踊る美女をながめて、恋人を選ぶ仕組なのである。(中略)
 見物中の男の子は、恋人の色々の秘密を想像し、その一々にまさしく恋人としての愛情をいだくことができる。そして、二百の美姫たちは彼女らが踊りつつあるときは美姫であってパンパンではない。ともかく、東京パレスというところは、そこを狙っているのである。
(坂口安吾. “安吾巷談”. 坂口安吾全集第8巻. 筑摩書房, 1998, p. 495-496.)


安吾先生大激賞の東京パレス。こんな事も書いている。


 芸者というのは踊るけれども、あの日本舞踊の動きというものは現代のセンスに肉体の美を感じさせはしなく、彼女らの唄うものが、益々現代の美から距離をつくってしもう。
 パンパンというものが在る以上は、もっと気のきいた、現代のセンスに直接な在り方がなければならぬ筈であった。東京パレスはそれに応えて、革命的な新風をおこしたのである。その上、ありきたりのパンパンよりも安直であるという大精神に於ては、窓の小さな犬小屋の非をつぐなって余りあるところ甚大な、一大業績だといわなければならぬ。美神アロハは実力の一端を示したのである。尚かつ世にいれられず、受難四年、閑古鳥がないたというのが愉快である。しかし、そうだろうな。東京から円タクをねぎって八百円かかる田ンボのマンナカの一軒屋へ、美姫二百人楚々と軽やかに踊らせた魂胆というものは、分るようでもあるし、全然分らないようでもある。よく考えると、分らんわ。
(坂口安吾. “安吾巷談”. 坂口安吾全集第8巻. 筑摩書房, 1998, p. 496-497.)


褒めた上であっさり突き放すとは、安吾先生面目躍如の文章。坂口安吾が訪れたのが営業開始から4年後で、この時点で閑古鳥が鳴いていたのだが、「赤線」ビデオ作成時の昭和33年ではほぼ廃工場の雰囲気。建物もボロボロで、これでは敷地に入るだけでもかなりの勇気が必要だっただろうと思われる。朽ちかけた入り口の門にはデカイ字で「青春の殿堂」と、もののあわれを感じさせる文句が書かれていた。

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